想い

《想い・・・》「インストラクターだから偉いのか?」

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《想い・・・》

「インストラクターだから偉いのか?」

 
先日、私の尊敬する方々、
田代さんや栗本さんや森さん達とお食事を共にさせて頂いた♪
 
こう言う方達の近くに居ると、色々と勉強になる事を聞けるので嬉しい♪
 
その中で・・・、
 
以前栗本さんが毎朝配信されてるモーニングライブセミナーでも話されていた事について話が出た。
 
それは最近の学校の事、それは・・・
 
「最近は、食事の前に「いただきます!」と言う子供達が減った」
 
と言う事だった。
 
 
当然ながら先生は「いただきます」を教える。
 
普通なら、教わった子供達は「いただきます」を言う筈、
 
「言ってはいけない!」
 
と言われない限りは。。。。
 
 
そう、そうなんですよね。
 
「言う必要がない!」
 
と言われてるんですよ。
 
「誰に?」
 
親になんです。
 
 
親が、
 
 
「私達は給食費を払ってやってるの!
 
お金を払ってるのに、何故、頂きます!
 
て言わなきゃいけないの!」
 
 
先生が「いただきます」を言う様に子供達に言うと、
 
親が、そう反論して来るそうです。
 
 
「お客様は神様です!」
 
と、一時期言われていた時代があった。
 
何故神様なのか?
 
「お金を払ってくれるから。」
 
お金を払えば偉いのか?
 
お金を払えば、何をしても良いのか?
 
違うと思うんですよね。。。
 
 
お金って何故生まれたのか?
 
お金と言う物が生まれる前は、物と物との交換だったと聞きます。
 
欲しい物がある。
 
それを得る為に、自分の持ってる物を提供し、欲しい物を手に入れる。
 
与える人がいる、欲しい人がいる。
 
その関係は対等だった筈です。
 
それが、交換を簡単にするために「お金」と言う概念が生まれた。
 
この辺からおかしくなって来た。
 
お金を持ってる、お金を払う者が偉くなって来ている。
 
「お金を払ってるんだから「いただきます!」なんて言わなくと良い!」
 
筈はない。
 
 
対等である者が、時間や労力を使い美味しく食べれる物を準備してくれている。
 
また、栗本さんが仰った、
 
 
「それ以前に、動物や魚や鳥や、植物だって「命」があり、
 
その「命」を頂く事で私達は生きる事が出来ている。
 
だから、その「命」を頂くと言う意味で「いただきます」」
 
 
なんだと・・・。
 
 
大事な事は感謝の気持ち。
 
私達の仕事もそうではないだろうか?
 
 
時にインストラクターは「先生」と呼ばれる事も多い。
 
毎日、毎日、先生と呼ばれてると、さも自分が偉くなったような勘違いをしてしまいがち。
 
来て下さってるお客様にぺこぺこする必要はないが、
 
「私が教えてあげてるのよ!」
 
と言うのもおかしい気がする。
 
 
私達は「教えてる」のかも知れない。
 
でも、教わりに来て下さる方がいるからこそ、教える事が出来てるわけ。
 
だから私達は「教わりに来てくれてありがとう」と言う気持ちを持つべきだと思うし、
 
逆に言うと、お客様の方も「教えてくれてありがとう」と言う気持ちになって欲しいし、
 
そう言う気持ちになって貰うのも私達の役割の一つかも知れない。
 
 
全てにおいて、
 
「~してやってる!」
 
と言う想いは自然と態度や言動に出てしまう。
 
実際、そう言う考えの人から「教わりたい」と言う人は集まるだろうか?
 
今、集めていたとしても、いずれ離れて行くのではないだろうか…私はそう思う。
 
 
「いただきます」「ごちそうさま」「ありがとう」
 
 
こう言う言葉を躊躇なく言える人の所に、人は集まって行くのではないか?
 
私はそう思う・・・。
(あくまで私の持論です(^^))
2019-02-01 | Posted in 想いNo Comments » 
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